パリ〜ルーベ出場記念特別企画としまして、フミがかつて参加したパリ〜ルーベ・エスポワールのレポート(当時書いたもの)を掲載します。一回目は2002年度。フミが高校卒業をしてヨーロッパに渡った1年目。
※パリ〜ルーベ・エスポワールは毎年5月末ごろに開催されるU23カテゴリー(19歳以上〜23歳未満)のアマチュアレース。U23ワールドカップ対象のインターナショナルレースで、各国の強豪チームが参加。ヤロスラフ・ポポヴィッチ(01年優勝)、トム・ボーネン(00年3位、01年4位)といった現在世界のトップで活躍する選手もかつて参加、活躍している。
2002年6月2日はいはい、きました!
パリ〜ルーべ・エスポワ—ル!パリ〜ルーべは自転車やってる人はわかるかもしれないですが、あのパリ〜ルーべです。
それにでましたよ! すごかった! 楽しかった! 辛かった! 感動した! 悔しかった!まずはじめにパヴェという石畳なんですが、これがヨーロッパにありそうなお洒落なものでは、まったくなくて、極端に言えば「凸」こんな感じで、平らには整っていない。「デコボコ」という表現だと優しすぎるから、あえて言うなら「ドカッドカガチンガチン!」
とにかくすごい! マウンテンバイクなら、難なくいけると思うけど、これはロードレース。あの細い感じの奴で走るんです。
自転車にはサスペンションなんてついてないから、腕も辛い。指も中指と薬指と小指がいうことをきかなくなっちゃいました。これは経験!? してみないとわからないと思います……。
まぁそれを少しでも和らげようと自転車にも、いつもと違った工夫をするんです。たとえば普段23mmのタイヤを、この時は25mmにしたり、タイヤの空気圧も普通8気圧のところを6気圧にしたり、指のダメージをなくすためにバーテープ(グリップ)を太くしたりとさまざまです。でも、実は気休めみたいなものなんです……。
しかもコースにはこんなのパヴェの区間が21セクション(1セクション800m〜4kmといった感じ)もあって、合計するとなんと40km!も……。笑うしかありませんね。(^_^;)
レースの距離は188km(アマチュアレースとしては、ほぼ最長距離)! 参加人数は200人。主な参加チームはベロテックス、ドモ・ファルムフリッツ、ラボバンク、ヴァンデンU、ルーべ、アメリカナショナルチーム、パノイモなど。豪華なメンバーで走りました!
序盤の70kmくらいまでは何もない普通の平坦です! はじめはみんな距離を消化する感じで走るんですが、70km地点からパヴェがはじまるから、55km地点からは集団の中で位置取りがはじまるんです。
パヴェ区間は道が狭く、さらに道の中央が盛り上がっているため(極端に言えばこう→△)、だいだい1人づつしか通れない。だから渋滞するし、突き出てる石でパンクしたり、山なりになっている所からすべり落ちて落車する人もいる。まっすぐ走れない選手もたくさんいる。だから前に前にいかなきゃ駄目なんです!そこでレースが決まってしまうかもしれないから!
だから、みんな前に前に行こうとする。で、ドンドンドンドンスピードが上がっていっく。そうなると今度はコーナーで曲がりきれずに家の塀に激突する人も。でも、こっちもそんなことを気にしてる余裕もない。こっちも必死だから!
第1セクションの前に、一度は前に出たのだけれど、そのあとドンドン追いやられて、第1セクションは中盤より少し前あたりでに入った。予想どうりトラブルが続出していて、それを横目に「あんなんにはなりたくないな〜」なんて思って走ってたら、道を塞ぐような落車が目の前で発生していた! 6人くらいサンドウィッチになっていた。そこを持ち前のテクニックで難なくかわし、やがて先頭集団に追いついた!
なんか他の人たちよりも楽に進んでいたんで「こりゃあ〜もしかしていけるんでは……」なんて思った。そんな矢先に「プシュー!」パンクした。
でも終わるにはまだ早かったので諦めずにパンクしたまま、4kmくらい走った。もちろんパヴェを……。何故走りつづけたかというとスペアタイアをもったサポートバイクに無視され、我がチームのラポムのチームカーは遥か後方だったから。でもなんとかホイールを交換して一旦ビリくらいになったんだけど、この日は調子が良かったのか、脚が回ったし、ギアが踏めた。
前にあった40人くらいの集団にはすぐおっついたけど、このままそこにいたらリタイア組になってしまうと思って、そこで甘えず1人でガンガンせめた! そしたら先頭集団までおっついた! これは幸運! よーしまだいけるぞ!なんて思っていたら
「プシュー!ガチンガチンガチン」
「………………………………」この時ばかりは言葉がでなかった。絶望的だった。「なんでだよ……」泣きそうになった。しかし「ブルル〜ン」とサポートバイクの人がかけつけてくれて「まだ行ける、頑張れ!」って言ってホイールを交換してくれた。
その後は、やけになって、こいで、こいで、こいで! もうどうでもいいから前に前に!って感じだった。でも願いが通じたのか前に追いついた! もう自分に残されたチャンスは無いと思いながら走った。こんなにトラブルにも見まわれながら、こんなに運良く前に行けたなんてホント幸運でしかない。ここまできたら最後まで走りきりたかった。
追いついたときには十数人の逃げが決まってしまっていた。自分は追いつくのに必死だったから、その逃げに反応できずに集団に取り残されてしまった。というか力がなかった。あとやっぱり追い上げのときの疲れが一気に出てきて、だんだんパヴェを乗りきる力も無くなってきていた。
それでも何とか走っていたけど、結局最後のセクションで遅れてしまった。この時はもう集団ってものは存在していなくて、バラバラ状態。みんな個々に走っている形だった。フラフラになりながらもゴールを目指して頑張った! でゴールのベロドローム(自転車競技場)に入ったときには「ぐぁ〜あ!」ってこみあげるものがあった!
最後ベロドロームで鐘がなって、競技場を一周するんだけど、観客がとてもいっぱいいて「わぁ〜!」ってとっても感動的だった! 辛かったけれどこのレースを走り終えれたことは自分にとってすごく大きなものだったと思うし、自信になった。本当に本当に辛かったけど楽しかった! あの時の興奮、ワクワクできたことは忘れないと思う。最高でした! Merci パリ〜ルーべ!!
レースの結果は28位(トップから7分30秒遅れ)。ワールドカップでこの順位は満足とはいかないけど、パンク2回でこの順位は良かった。話によると19歳(参加最年少)で一番良い成績だったらしい! このレースはあと3回走るチャンスがあるので希望があるかもしれません。
それではどうも。



























コメント (2)
すごいっ(@_@;)
Fumyは19歳でもうこんなレース走ってたんですね!!
臨場感あふれるレポートでとてもわかりやすいし。
パンクしなかったら、サポートバイクがすぐ交換してくれていたら…
と思うと悔しいですね。
今回はリベンジで!
ベロドロームでFumyのゴール姿を観てみたい…
残念ですが日本で応援してます。
また素敵なレポート期待してます。
パリ〜ルーベ頑張ってくださいね。
投稿者: yury | 2007年04月13日 04:38
日時: 2007.04.13 04:38
19歳の時にはもうこんな文章が書けていたんですね。臨場感とFumyの気持がガンガン伝わってきました!気持ちはそのままで、でもこの頃よりパワーアップした体で突っ走ってください!
投稿者: 綾 | 2007年04月13日 09:19
日時: 2007.04.13 09:19