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Fumy's Blog

その日のために

皆さん、こんにちは

久し振りにBlogを書いています。

ちょっと時間が空いてしまったので、何かと心配している方がいるとは思いますが、変わらず元気にしています。

しばらくレースの無い日々が続いきました。まずは束の間の休息を取り、その後は毎日トレーニングに励んでいます。

今月4日から始まるツアー・オブ・オーストリアを筆頭に8月、9月、10月と怒濤のレースプログラムが始まります。ツール・ド・ベルギーの後、監督からこの時期に今シーズンのピークをもっていって欲しいと言われていました。

僕、個人的にもブエルタ・ア・エスパーニャはチーム内のセレクションにも入っていたのでシーズン後半戦へ向けてコンディションを整えていました。

しかし、先日シャックがブエルタに招待されなかったことを聞かされて、耳を疑いました。残念だけれど今年のレディオシャックのブエルタ出場はなくなりました。

ブエルタは出場はなくなってしまったけれど、後半レースはプロツアーのステージレースと秋のクラシックレースが続きます。

これから、僕のシーズンは本番を迎えます。

そしてこの前、チームのツール・ド・フランスのメンバー発表があった。ランス・アームストロングを筆頭にリーヴァイ、クリス、クレーデン、ポポ、グレゴリー、ムラビエフ、セルジョ、ブライコと世界を代表する9人が選ばれました。

このメンバーを見る限り総合優勝は必至の最高のチームです。

個々の実力はもちろんだけど、それぞれに当てはまる仕事をしっかりこなすことの出来るチームだから。

山を牽引し続けられる選手、平坦を牽引し続けられる選手、仕事し続けてもタフに毎日走り続けられる選手。

すべては総合優勝を目指すために不可欠なチームメイト。

ステージ優勝のチャンスはみんな持っているけれど、チームが目指すのリーダーのランス・アームストロング選手が総合優勝することのみ。

そのための最高の仕事をするチームだと思います。

僕は今年ツールに出場しません。

ツールに出ないと残念って思っている方々いるかもしれないけど、またツールに出るチャンスは巡ってくるだろうし、絶対にまた出場します。

でもまずは、これからの後半戦で勝てる走りができるようにな日々坦々とペダルを漕ぐだけ。トレーニングは孤独で辛い時間をだけれど、すべては「その日のために」。

これは僕だけではなくて、すべてのサイクリストに捧げたいこと。

「その日のために」が、「この日のために」になるときがきっとくる。

だから僕らは前に進み続けることができるんだから...。

IMG_1632.jpg @jeep.vidon

Paris-Roubaix FRA

Paris-Roubaix 259km

天候は晴れのち曇り

今回で3度目の出場となるパリ~ルーべ。


レース前にコースの下見をしに行って、自分の調子とマシンの調子を確かめた。

この日のレースのためにTrekが見た目に同じレースバイクなのだけど、ヘッド部分が5mm高くなっていてパリ~ルーべ用のジオメトリーになっているものを用意してくれた。

その他はいつものバイクと違った点は、普段インナーギアは39Tをレースで使っているのだけれど、このレースは山がないので小さいギアは必要なく今回は48Tを使ってパヴェの衝撃でのギアの歯飛びと走り易さを重視していた。

それとバーテープを2重巻きにして石畳の衝撃を軽減。

すごい衝撃のため、どうしても強くハンドルを握りしめてしまうけれど、それでは指の間接が痛み出してしまうので、あの想像を絶する衝撃の中でもハンドルは強くグリップはしてはいけない。

なのでバーテープを2重巻きにして、ハンドルが太くなり強く握らずに済み、あの衝撃に耐えられるのだ。

もうひとつ重要な点はタイヤだ。

今回使用したのは、ユッチンソンのパリ~ルーべ用の25Cのスペシャル仕様。

このレースではパンクは命取り、パンクしないように丈夫に出来ていて、普通のタイヤよりも堅い印象があった。

そしてタイヤの空気圧は本当にシビアでパヴェでの上での走りやすさが、これだけでだいぶ変わってしまう。

まぁこれだけみても、このレースは他のレースとは違い特殊だってことをわかってほしい。

レース前日に誕生日を迎えて27歳になってチームメイトやチーム、多くの人に祝ってもらいってとっても嬉しかった。

去年は、オランダで1人寂しく誕生日を過ごし、一昨年は、日本で行われたアジア選手権出場のために日本に帰る飛行機の中で誕生日を迎え、一日ほぼ飛行機の中だった。


さて今回出場のメンバーは、ポポ(ウクライナ)グレゴリー(スイス)セバ(ベル
ギー)マルケル(バスク)ジェフォア(フランス)トマス(リトアニア)ビヨン
(アメリカ)と自分の8人。

エースは、ポポ(ポポヴィッチ)で彼を中心に走ることだった。

レースが始まって序盤の逃げに乗るために、序盤からアタックを繰り返して出来上がった19人の逃げの中に自分もいたのだけれど、ガーミンのヒゲづらが中切れして、するする後退してしまい、せっかくのチャンスを失ってしまった。

かなりショックだったけど気持ちを改めて、集団に待機してポポのサポートに回った。

26セクター(合計52.9km)ある石畳のセクションを走るんだけど、いつも一番初めのパヴェは位置取り争いが激しく行われる。

最初の方のセクションは、大きなトラブルがない限り追いつくので、落ち着いて集団中盤で通過した。

序盤、ポポがパンクしたが、すぐ横にいたグレゴリーがホイールを交換した。僕もポポを待って焦らず集団に復帰させた。

いくつかのセクションを消化してアーレンベルグの前セクター18とセクター17。アーレンベルグの前は必ず前にいなければならないと無線が入る。

そのためチームメイトと共に前に出てできるだけ良い位置を確保するために、前に前に出て行く。
前に出れるチャンスがあれば歩道でも砂利道でも使って前に出るのが位置取りのポイント。

このあたりのセクションで、いやに身体にくる衝撃が気になってはいた。レース前にメカニックがレース走っていたら(3時間後ぐらい)、タイヤの空気圧が1barは空気が抜けるから5.5barでいけると言っていた。試走の時4.5barくらいじゃないとまともに石畳の上を走れないと確認していたからだ。

しかし、まったく空気の抜ける気配もなく依然石畳の上で跳ねて跳ねてまともにペダリングできずにいた。他の選手は僕より体重が15kg以上もある選手ばかりだったけど、その選手達が5.5barだったら、もちろん自分はそれ以下にしなければいけない。

そんな疑問をよそに今年も悪くない位置で、難所のアーレンベルグに突入。

序盤の下りは良かったのだけど、後半のちょっと登っている場所で、全然タイヤがパヴェにかんでくれなくてポンポン跳ねてしまってズルズルポジションを落としてしまってこのセクションを抜けるころには随分後ろになってしまった。

一度集団に追いついたのだけれど、やはり空気圧が高すぎて跳ねてまともに走れず、再び石畳区間で遅れてしまって、「これじゃあ試走の時よりも走れてないじゃないか!」といたたまれなくなってコース脇に止まって、空気圧を前後輪とも抜いて走りはじめた。

徐々に自分のペースを取り戻して、再び順調に走り続けたがもうすでに集団はかなり前方を走っていた。

石畳の上でもまったく自転車は跳ねずしっかり食いついてくれて、普通の路面でも快適に走ってくれた。

「はじめから空気圧減らして走ればよかった。」と後悔の念に飲み込まれそうになったけど、もうどうにもならない。

最後の補給所を通過したあたりで、きっと走り続けてもタイムカットなんだろうなぁと思っていたけど、コミッセールに降りろって言われるまで走り続けていようと走り続けた。

途中抜いていった車に「まだ後ろ選手いる?」っと聞くと「まだ沢山いるよ!」とのこと。

もし最後ならやめようと思ったけど、まだいるなら諦めるわけにもいかず走り続けた。

沿道で応援する人の姿は切れることを知らず、頑張る選手を応援してくれた。

誰一人として、遅れているからと言って罵声を発したりする観客がいなかった。

みんな応援する側も一年に一度のこの大会を待ちわび楽しんでいたんだろうなぁ。っと感じされる光景だった。

多くの観客が「おお!BEPPUがきたぞ!」「おお本当だBeppuだ!」「そらいけ!」「Fumy!」「頑張れ!」「諦めるな!」って応援してくれて本当に楽しんで走れた。

途中まで6人くらいで走っていたけど、石畳区間でみんな遅れるため、何度も舗装路で待つのが面倒臭くなったので最後の30kmは1人で走った方が早かったから1人で走り続けゴールを目指した。

以前パリ~ルーべ・エスポワールで走ったことのある光景が続き、ここを右に曲がってここを左っとルーべの街へ向かって走り続けた。

そして最後のセクションパヴェを抜けて、ルーべの競技場へ入ってきた。

トラックを半周するとベルがチリンチリンとなってラスト一周の合図が耳に入ってきた。

レースの後半は曇っていて暗い感じではあったけど、ルーべの競技場はとっても明るく見えた。

それは自分だけ、いや選手達がみんなそんな感じだったのかもしれないけど、その光景はとっても美しかった。

あっという間の一周だったけど、やっぱりパリ~ルーべは楽しい。この一言だ。

本当に過酷で辛いレースなんだけど、他のどのロードレースでも味わえない特殊なレース。

結果的には95人目くらいでゴールしたけどタイムカット。順位は付かなくって完走扱いにはならなかったけど、十分このレースを楽しむことが出来た。

なんか選手達の生還をゴールで待ちわびる人々が、ちょっと面白かったけど。

次は、いけると実感してるし今回の失敗を生かして良い順位で走りきりたいと思う。

それに来年は28歳の誕生日がルーべなので、絶対走りたい。

次は明後日(水曜日)から始まるカステリア レオンです。

調子は悪くないので引き続き頑張りたいと思います。

いやぁ本当にルーべっていいですね。

A merry heart makes a long life‼

最近TWITTERを使うことが多くてBLOGの存在を忘れていたことに最近気がつく。

なので、ブログの方もサクサク更新していくことを考えてます。

さて、去年のお話なんですが、僕の自転車バイブル的な存在の漫画『シャカリキ!』を書いた曽田正人先生にお会いしました。

というより突然のタイミングで自分から会いに行ったんですが..。

今回は仕事ではなくプライベートで曽田さんのお宅兼仕事場にお邪魔してしまいました。

先生とは一度お仕事で、5年前にお会いしていて、その時は、込み入った話はあんまり出来なくて、いつか時間が出来た時にのんびり話を伺いたかったんだけど、今回がその絶好のタイミングだった!

曽田さんもその時ちょうど一仕事終えたところだったので、ちょうど良かった。

お互いに今までのことを報告したり、まっすぐな想いの自分たちの話をしたりと熱く語り合っていたら、あっと言う間に時間が経ってしまっていた。

(貴重な話だったけど、ここで書くのは、もったいないので自分の中にしまっておきますw)

実際5年前に会ったような感覚はなくって、ほんのしばらく前に会ったような感覚だった。

曽田さんは、僕がプロになるきっかけの『シャカリキ!』という漫画を描いてくれて、僕は当時、その影響を受けて自転車のプロを目指していた。

いつか曽田さんに会ってお礼が言いたいと思っていたら、こうして実際に会うことが出来てお礼まで出来ちゃうんだから自分でも驚きだ!

自転車のヨーロッパプロになりたいと思い描いて、努力したらプロになることだって出来たんだから驚きの連続!

今までいろいろな人々に会って来たけど、自分にとって出会いは本当に貴重な宝物だとつくづく思う。

今もまだその出会いという宝探しをしている最中なんだけどね。


本当に人生って面白い


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Omloop Het Nieuwsblad 1.HC & Kuurne Brussel Kuurne 1.1

Omloop Het Nieuwsblad 1.HC BEL 27.02

ベルギーは独特の雰囲気です。

この自転車大国ベルギーは自転車は国技なようなもので、見る観客も選手たち、とにかくみんなHOTです!

そこいら中にフランドルの黄色ベースに黒のライオンが描かれている旗がゆらゆらとはためいていて、みんなビールを片手に選手を応援している。

チームバスから外を見回すと、結構こっちの知り合いや友達がふらふらしているのを見ると「毎年ここに集まって来ているんだぁ〜」と自分を含めて今年がようやく始まったと実感する。

今回は初レースだったけれど、緊張というよりも晴れ晴れしい気持ちでレースをスタートすることが出来て、本当にここからなんだ。っという気持ちが強くあった。

レースのミーティングでは、序盤で5-6人の逃げグループだったら容認して、10人単位の大きい逃げになった場合は、そこにフミも入るようにとオーダーが出ていて、常に前を位置していないと10人の逃げは一気に行ってしまうのでしつこく前方に位置して走った。

この手のベルギーのレースは位置取りがとても大切で、ポイントポイントで前に位置していなければならない。

このレースの重要なポイントはロンセという場所から一気にクライスベルグの石畳の登りに入るのだけれど、その時に前方に位置していないと次のターインベルグ、エイケンベルグと次々に石畳と激坂が出現するセクションで遅れてしまうサバイバルレース。

自分はエイケンベルグまで先頭集団で調子良く走れていたんだけど、途中後輪がパンクしてしまって、予備車輪をもつチームカーが車の隊列の16番手にいて交換した時には、集団の一番後ろになってしまっていた。

ここでチームの監督のディレク・デモルが「フミ!パンクは仕方ない。次の日に備えてゆっくり走れ。」と指示がでて、次の日レースのことを考えてゆっくりゴールまで走り続けて、今シーズンの初レースを完走した。


やはりベルギーのクラシックレースはハードだと久し振りに感じた日だった。


でも、スタート地点、ゴール地点、レース中と沢山のファンの人に「Fumy!」「Fumiyuki!」「Beppu!」と声をかけてもらって毎年その応援が増えてきているのに、自分もベルギーでは名前が通ってきたなぁっと改めて実感できた。

大人から子供まで多くの人々に名前を覚えてもらって、声援してもらえるのは、本当に嬉しく思う。

今日は今年初レースで調子はこんなもんだったけど、これから徐々に調子をあげていきたい。

Kuurne-Brussel-Kuurne 1.1 BEL 28.02


次の日のクルーネ-ブリュッセル-クルーネは、レース前日の予報で、「明日は嵐がくるぞ!」と集団の中で話題になっていた。
いったいどんな日になるのだろうと、内心ビクビクしていたけど、実際、レース当日の朝起きると、ホテルの窓から昨日まで真っすぐ立っていた木が斜めになっていて、目をこすって目の錯覚じゃなく「嵐」と確認して、「この中でのレースを走るのか...まぁレースが始まってしまえば。」という軽い気持ちでホテルを出発した。

スタート地点は、監督のディルク・デモルの生まれ故郷であるクルーネ。

レース会場に到着すると、ディルクの兄弟の家をベースに作戦会議とレースの準備をして出発。

レース序盤は寒くてレインジャケットを着て走っていたんだけど、風が強くて煽られる始末。

途中、電車の踏切で集団は、強制的にストップして、そこから急いでレインジャケットを脱いで戦闘モードになってレースを開始した。

悪天候の中、逃げようと集団はいつまでも活発に動き、自分もその中で積極的にアタックかけて動いて、集団の前方を位置して走った。

途中あまりのすごい強風で、選手たちの何人かは道路の真ん中の中央分離帯のブロックを飛び越えて反対側の車線まで吹っ飛ばされていたりと想像を絶する出来事がいろんなところで起こっていた。

そして、すでにこの時点でうちのチームは3人だけしか先頭集団に残っておらず、セバ、グレッグと自分の3人だけでのレースとなっていた。

なかなか逃げも決まらず、大雨の中をビショビショのウエアで走り続けていたら身体がだんだん冷えてきて、レインジャケットを着ようともなかなか風が強すぎて着ることができない。

やっとレインジャケットを着れるタイミングの場所を見つけて着て走りはじめたけど、身体の震えが止まらず、3度くらい気を失いそうになって、他の選手たちと共に20人単位でレースを途中で棄権して降りた。

レースの選手の回収バスに乗ると、そこはまるでパーティー会場みたいになっていて選手たちが、みんなで寒さを紛らわすためにわいわいやっていた。

ロバート・ハンターやニコ・エークアウトらの隣の席で、顎をガクガクさせながら「どんな系統のレースよこれ!?」というと二人とも爆笑して、さらに「なんでレース中、みんなナーバスなのにバスの中はこんな仲良しなんだよ!」とみんなで大笑いしてレース会場に戻った。


しかし、残念なことにまともにレースを出来る環境じゃなかったにしろ、大切なレースをひとつ削ってしまったことには変わりはない。

26人完走というハードなレースになったけど、今度は自分がこんなタフなレースを生き残れるように走りたいと強く思った。

まぁでも、チーム監督のディルクと自分の監督コーチのガロパンが、レース後に今回の2レースは良いレースだったと評価してくれたので、今度のスリーデイズ ウエスト フランドルで良い走りをしてチームにもっとアピールしたい。

約束

ご無沙汰しています。

スペインでのトレーニングキャンプを終えて、フランスに戻って、ボジョレーの丘でクラシックに向けて黙々とトレーニングをしていました。

あいにく天気は先週、今週とあまり良くはなかったけど、しっかりメニューをこなして今週末のレースに臨みます。

今週末のレースはニュースブラット(前身ヘットヴォルク)とクルーネ-ブリュッセル-クルーネという伝統的なクラシックレースで、北のクラシックスの開幕を迎える。


自分にとっても今期レディオシャックでの初レースになる。


ようやくレディオシャックのジャージに袖を通してレースを走る日がやってきた。

この日を僕はある人と約束していたんだ。

その方は、病と闘っていて辛く、厳しい容体だった。

しかし、そんな状況なのにも関わらず、彼は僕に元気と勇気を分けてくれた。

その時、僕は心に決めたんだ。

「2010年僕はレディオシャックのユニフォームを着て活躍するんだ。」と

「だからその日が来るまで待っていてください。約束ですよ。」と

そして約束の日はもうすぐやってくる。


しかし、この約束を果たすことは出来なくなってしまった。

でも、僕は、あなたに勇気や元気をいただいたからには走り続ける義務がある。


僕に出来ることは、熱い声援や元気や勇気、そんな信じてもらえる気持ちを走りで返すこと。

僕はその気持ちを受け取れば、それに応えられるように走ることが出来るから。


それが、僕に与えられた力だと思うから。

昔も今も、きっとこの先もずっとだ。


そして、この日を待ち望んでくれた多くの皆さんにもお礼を言いたい。


ありがとう。


これからどんな未来が待ち受けているのかわからない。

その未来を良くも悪くも変えていくのは自分自身だと思ってる。

でも、その未来に意味がある限り、前に進み続けます。

たまに脱線することがあるかもしれないけど、そんな時は、いい時も悪い時も、気軽にメッセージをください。

距離は離れていても、気持ちは、距離関係なく伝わるものですから。

そう思うと意外に僕らは小さい世界で生きているのかも知れませんね。


いよいよです。


今シーズンも応援よろしくお願いします。

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Team Radio Shack 2010

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皆さんこんにちは

2010年はチームレディオシャックで走ります!

ツールドフランスを9回の優勝に導いたヨハン・ブリュイネール監督率いるチームで、その中でも去年復活した伝説の自転車選手とも言えるツールドフランスを前人未到の7連覇したランス・アームストロング選手が所属するUCIプロツアーのチームです。

他にも数多くの強豪選手たちがいる世界的なチームです。

チームの母体は以前所属していたディスカバリーチャンネルと変わらず、スタッフやメカニック、マッサー、ドクターはほとんどが知り合いで、チームに戻ったことを喜んで温かく出迎えてくれたりして、ストレスなく楽しく走れそうです。


さて、今はどこにいるかというとスペインのカルペ(アリカンテ)という場所でチームトレーニングキャンプ中です。

今日は、新しい自転車や新しいウェアを身にまとい4時間のライドを楽しんだ。

本当に楽しい仲間たちなので、話が絶えず話疲れてしまった。

今はシャワーを浴びて、マッサージを受けて部屋でゆっくり休んでいる。

合宿は今月の14日まであるので有意義にコンディションをあげていこうと思ってる。

身体の調子は思っていたほど、悪くないのでこのまま登り調子で仕上げていきたい。

合宿の詳しい様子はチームのオフィシャルウェブサイトや僕の合宿中つぶやいてるTwitterを見てみてください。

Bonne annee 2010 !

2010年になりました。

新年あけましておめでとうございます。

あっという間に2009年が終わり2010年という新しい年がはじまりました!

今年は更なる飛躍が出来るように努力したいと思っています。

さて1月1日の今日から一年間。

誰にも想像できないような、何が起こるかわからないアドベンチャーです。

自転車と同じように山あり谷あり、まるでローラーコースターライドのようですが、思いっきりそのギャップを楽しんじゃいましょう。

それでは、皆さんにとって素晴らしい一年になってくれることを心から願っています。

Fumy Beppu

Twitter(ツイッター)

久し振りの更新です。

最近はTwitter(ツイッター)で自分の身の回りのこと事件や写真を沢山UPしています。

http://twitter.com/Fumybeppu

設定も簡単に出来て気軽に情報をみることが出来るので、気軽に登録してみてください。

「みんなで」「楽しく」「安全に」をもっとーに自転車ライフを楽しみましょう!

merci

Fumy

Paris - Tours

今、トゥールからTGVに乗って帰宅しているところだ。
夜道をかっ飛ばして走るフランスの新幹線TGV。

さすがにちょっと疲れているけど、今日で2009のシーズンが終了したから、ちょっと気分が晴れ晴れしてる感じかな。

2週間もすればまたレースに出たいって思うかもしれないけど、今はトレーニングの量を徐々に減らして、また来シーズンに備えて、準備していこうと思ってる。
今年のシーズンを通してみても、このブログみてくれてるみんなと一緒に楽しめてたかなと思ってる。
まぁ色々と課題はまだ残っているけど、来年はイケてる年になると思うよ。

さてさて、今日のレースはと言うと、結果は良くなかったけど、調子も良くって序盤にアタックを繰り返して、途中の横風区間もほぼ先頭で通過して、終盤も良い位置で走れてたし、チームワーク良くしっかり走れてたと思う。
でも、今日もマシントラブルで自転車を交換しなきゃいけないハプニングが224km走ってきて最後の6kmで起きてしまって、最終局面を先頭で走ることが出来なかった。
先頭集団だっただけに、ちょっとシラけちゃった。
前のプロツアーレースのヴァッテンフォールも最後の最後でパンクしちゃって...同じ感じのやるせなさだったしね。
ワンデーレースで、今年はまともな成績は残せなかったけど、それ以上に収穫はあったと思う。

日本に帰国してからイベントがてんこ盛りなんですけど、いつも応援して下さってる皆さんに全員会うことは出来ないかも知れないけど、今回の帰国の際にお会い出来ることを楽しみにしてますね!

そして、「気持ちは伝わる。」と言うのを改めて思った今シーズンでした。

沢山の気持ちをありがとう!

そして来年も情熱的にみんなの胸を打つ走りが出来るように。

世界選手権ロード@スイス

遅くなりましたが、世界選手権のレポートです。

今年の開催場所はスイスのメンドリシオ。2007年ジロ・デ・ロンバルディアに出場したときに、スタート地点だった街だ。

僕ら日本チームはルガノとイタリアのバレーゼの間にある小高い山の上のホテルに滞在して最終調整を行った。

レース前は、特に乗り込みはせずに、インターバルや身体の動きがよくなるようなトレーニングを行った。

レース前日にも書いたように、今回の世界選手権は自分向きではなかった。

なぜならば急な坂が多く、レース全体で総標高差4500mとなっているヒルクライムレースだったからだ。

僕はどちらかというと、平坦やアップダウンのあるレースが得意なのだけど、今回のようなコースは苦手だ。

でも、今回の世界選手権は、自分を乗り越えるための大きな目標でもあった。この過酷な場所で、最後まで勝負に絡む走りを続けることができるか。

レース前から「今日は我慢の連続になると思うから、行きたい気持ちを抑えて耐えよう。」と思っていた。

レースが始まって一周目から幸也が、アタックを繰り返していた。すかさず集団の前に出て行って、逃げ集団とのタイム差が広がるように集団をコントロールした。

30秒からなかなか差がつかない状況だったけど、1、2分のタイム差がつけば、後ろもわざわざ追うようなことがなくなるから、自分が集団の前に出て行って、周りの選手たちに「もう彼らを行かせようよ。」という話をした。集団のペースは一気にペースダウンして、2分、3分のタイム差がつきはじめた。僕も後ろに下がった。

逃げ集団とのタイム差は、5分、10分と広がっていって、メイン集団の動きは収まった。

集団は常に「どこのチームが主導権を握るのだろう?」とそわそわしていたが、イタリアのブルセギンとスペインのコーボが引き始め、集団をコントロールし始めた。

自分も逃げ集団とのタイム差が縮まり始めたので、カウンターに備え、いつでも動けるように前方で待機した。

途中、補給は怠らないように気をつけた。何度もボトルを取っては捨て、取っては捨てを繰り返した。今回のナショナルチームは連携がしっかり取れていて、ボトルも補給もしっかりできた。

ロードレースにおいて、補給や集団での位置取りは常に頭の中に入れておかなければいけない、とても大切なことだ。

そしてペースも徐々にあがり始めて、ラスト2周目の登りでは、前から7番目くらいのところで登り始めた。ここからペースが急激に上がった。

順位を落としながらも必死になって喰らいついたけど、そこでギヤが踏み切れずに取り残されてしまった。

それからゴールを目指して走り、先頭から5分位くらい遅れた57位でフィニッシュした。

自分的には、今回の世界選手権はもっと上位でフィニッシュしたかったけど、ただでさえタフなコースで、そこでさらに上を目指すのは難しかった。

でも、今回の世界選で得た経験は、来年の世界選でもっと上位を目指して、勝負出来るっていう意味を持っていたと実感できた。

来年はもっと出来る。

今回の悔しい気持ちを来年晴らしたいと強く思った。


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