Paris-Roubaix 259km
天候は晴れのち曇り
今回で3度目の出場となるパリ~ルーべ。
レース前にコースの下見をしに行って、自分の調子とマシンの調子を確かめた。
この日のレースのためにTrekが見た目に同じレースバイクなのだけど、ヘッド部分が5mm高くなっていてパリ~ルーべ用のジオメトリーになっているものを用意してくれた。
その他はいつものバイクと違った点は、普段インナーギアは39Tをレースで使っているのだけれど、このレースは山がないので小さいギアは必要なく今回は48Tを使ってパヴェの衝撃でのギアの歯飛びと走り易さを重視していた。
それとバーテープを2重巻きにして石畳の衝撃を軽減。
すごい衝撃のため、どうしても強くハンドルを握りしめてしまうけれど、それでは指の間接が痛み出してしまうので、あの想像を絶する衝撃の中でもハンドルは強くグリップはしてはいけない。
なのでバーテープを2重巻きにして、ハンドルが太くなり強く握らずに済み、あの衝撃に耐えられるのだ。
もうひとつ重要な点はタイヤだ。
今回使用したのは、ユッチンソンのパリ~ルーべ用の25Cのスペシャル仕様。
このレースではパンクは命取り、パンクしないように丈夫に出来ていて、普通のタイヤよりも堅い印象があった。
そしてタイヤの空気圧は本当にシビアでパヴェでの上での走りやすさが、これだけでだいぶ変わってしまう。
まぁこれだけみても、このレースは他のレースとは違い特殊だってことをわかってほしい。
レース前日に誕生日を迎えて27歳になってチームメイトやチーム、多くの人に祝ってもらいってとっても嬉しかった。
去年は、オランダで1人寂しく誕生日を過ごし、一昨年は、日本で行われたアジア選手権出場のために日本に帰る飛行機の中で誕生日を迎え、一日ほぼ飛行機の中だった。
さて今回出場のメンバーは、ポポ(ウクライナ)グレゴリー(スイス)セバ(ベル
ギー)マルケル(バスク)ジェフォア(フランス)トマス(リトアニア)ビヨン
(アメリカ)と自分の8人。
エースは、ポポ(ポポヴィッチ)で彼を中心に走ることだった。
レースが始まって序盤の逃げに乗るために、序盤からアタックを繰り返して出来上がった19人の逃げの中に自分もいたのだけれど、ガーミンのヒゲづらが中切れして、するする後退してしまい、せっかくのチャンスを失ってしまった。
かなりショックだったけど気持ちを改めて、集団に待機してポポのサポートに回った。
26セクター(合計52.9km)ある石畳のセクションを走るんだけど、いつも一番初めのパヴェは位置取り争いが激しく行われる。
最初の方のセクションは、大きなトラブルがない限り追いつくので、落ち着いて集団中盤で通過した。
序盤、ポポがパンクしたが、すぐ横にいたグレゴリーがホイールを交換した。僕もポポを待って焦らず集団に復帰させた。
いくつかのセクションを消化してアーレンベルグの前セクター18とセクター17。アーレンベルグの前は必ず前にいなければならないと無線が入る。
そのためチームメイトと共に前に出てできるだけ良い位置を確保するために、前に前に出て行く。
前に出れるチャンスがあれば歩道でも砂利道でも使って前に出るのが位置取りのポイント。
このあたりのセクションで、いやに身体にくる衝撃が気になってはいた。レース前にメカニックがレース走っていたら(3時間後ぐらい)、タイヤの空気圧が1barは空気が抜けるから5.5barでいけると言っていた。試走の時4.5barくらいじゃないとまともに石畳の上を走れないと確認していたからだ。
しかし、まったく空気の抜ける気配もなく依然石畳の上で跳ねて跳ねてまともにペダリングできずにいた。他の選手は僕より体重が15kg以上もある選手ばかりだったけど、その選手達が5.5barだったら、もちろん自分はそれ以下にしなければいけない。
そんな疑問をよそに今年も悪くない位置で、難所のアーレンベルグに突入。
序盤の下りは良かったのだけど、後半のちょっと登っている場所で、全然タイヤがパヴェにかんでくれなくてポンポン跳ねてしまってズルズルポジションを落としてしまってこのセクションを抜けるころには随分後ろになってしまった。
一度集団に追いついたのだけれど、やはり空気圧が高すぎて跳ねてまともに走れず、再び石畳区間で遅れてしまって、「これじゃあ試走の時よりも走れてないじゃないか!」といたたまれなくなってコース脇に止まって、空気圧を前後輪とも抜いて走りはじめた。
徐々に自分のペースを取り戻して、再び順調に走り続けたがもうすでに集団はかなり前方を走っていた。
石畳の上でもまったく自転車は跳ねずしっかり食いついてくれて、普通の路面でも快適に走ってくれた。
「はじめから空気圧減らして走ればよかった。」と後悔の念に飲み込まれそうになったけど、もうどうにもならない。
最後の補給所を通過したあたりで、きっと走り続けてもタイムカットなんだろうなぁと思っていたけど、コミッセールに降りろって言われるまで走り続けていようと走り続けた。
途中抜いていった車に「まだ後ろ選手いる?」っと聞くと「まだ沢山いるよ!」とのこと。
もし最後ならやめようと思ったけど、まだいるなら諦めるわけにもいかず走り続けた。
沿道で応援する人の姿は切れることを知らず、頑張る選手を応援してくれた。
誰一人として、遅れているからと言って罵声を発したりする観客がいなかった。
みんな応援する側も一年に一度のこの大会を待ちわび楽しんでいたんだろうなぁ。っと感じされる光景だった。
多くの観客が「おお!BEPPUがきたぞ!」「おお本当だBeppuだ!」「そらいけ!」「Fumy!」「頑張れ!」「諦めるな!」って応援してくれて本当に楽しんで走れた。
途中まで6人くらいで走っていたけど、石畳区間でみんな遅れるため、何度も舗装路で待つのが面倒臭くなったので最後の30kmは1人で走った方が早かったから1人で走り続けゴールを目指した。
以前パリ~ルーべ・エスポワールで走ったことのある光景が続き、ここを右に曲がってここを左っとルーべの街へ向かって走り続けた。
そして最後のセクションパヴェを抜けて、ルーべの競技場へ入ってきた。
トラックを半周するとベルがチリンチリンとなってラスト一周の合図が耳に入ってきた。
レースの後半は曇っていて暗い感じではあったけど、ルーべの競技場はとっても明るく見えた。
それは自分だけ、いや選手達がみんなそんな感じだったのかもしれないけど、その光景はとっても美しかった。
あっという間の一周だったけど、やっぱりパリ~ルーべは楽しい。この一言だ。
本当に過酷で辛いレースなんだけど、他のどのロードレースでも味わえない特殊なレース。
結果的には95人目くらいでゴールしたけどタイムカット。順位は付かなくって完走扱いにはならなかったけど、十分このレースを楽しむことが出来た。
なんか選手達の生還をゴールで待ちわびる人々が、ちょっと面白かったけど。
次は、いけると実感してるし今回の失敗を生かして良い順位で走りきりたいと思う。
それに来年は28歳の誕生日がルーべなので、絶対走りたい。
次は明後日(水曜日)から始まるカステリア レオンです。
調子は悪くないので引き続き頑張りたいと思います。
いやぁ本当にルーべっていいですね。