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Fumy's Blog

Omloop Het Nieuwsblad 1.HC & Kuurne Brussel Kuurne 1.1

Omloop Het Nieuwsblad 1.HC BEL 27.02

ベルギーは独特の雰囲気です。

この自転車大国ベルギーは自転車は国技なようなもので、見る観客も選手たち、とにかくみんなHOTです!

そこいら中にフランドルの黄色ベースに黒のライオンが描かれている旗がゆらゆらとはためいていて、みんなビールを片手に選手を応援している。

チームバスから外を見回すと、結構こっちの知り合いや友達がふらふらしているのを見ると「毎年ここに集まって来ているんだぁ〜」と自分を含めて今年がようやく始まったと実感する。

今回は初レースだったけれど、緊張というよりも晴れ晴れしい気持ちでレースをスタートすることが出来て、本当にここからなんだ。っという気持ちが強くあった。

レースのミーティングでは、序盤で5-6人の逃げグループだったら容認して、10人単位の大きい逃げになった場合は、そこにフミも入るようにとオーダーが出ていて、常に前を位置していないと10人の逃げは一気に行ってしまうのでしつこく前方に位置して走った。

この手のベルギーのレースは位置取りがとても大切で、ポイントポイントで前に位置していなければならない。

このレースの重要なポイントはロンセという場所から一気にクライスベルグの石畳の登りに入るのだけれど、その時に前方に位置していないと次のターインベルグ、エイケンベルグと次々に石畳と激坂が出現するセクションで遅れてしまうサバイバルレース。

自分はエイケンベルグまで先頭集団で調子良く走れていたんだけど、途中後輪がパンクしてしまって、予備車輪をもつチームカーが車の隊列の16番手にいて交換した時には、集団の一番後ろになってしまっていた。

ここでチームの監督のディレク・デモルが「フミ!パンクは仕方ない。次の日に備えてゆっくり走れ。」と指示がでて、次の日レースのことを考えてゆっくりゴールまで走り続けて、今シーズンの初レースを完走した。


やはりベルギーのクラシックレースはハードだと久し振りに感じた日だった。


でも、スタート地点、ゴール地点、レース中と沢山のファンの人に「Fumy!」「Fumiyuki!」「Beppu!」と声をかけてもらって毎年その応援が増えてきているのに、自分もベルギーでは名前が通ってきたなぁっと改めて実感できた。

大人から子供まで多くの人々に名前を覚えてもらって、声援してもらえるのは、本当に嬉しく思う。

今日は今年初レースで調子はこんなもんだったけど、これから徐々に調子をあげていきたい。

Kuurne-Brussel-Kuurne 1.1 BEL 28.02


次の日のクルーネ-ブリュッセル-クルーネは、レース前日の予報で、「明日は嵐がくるぞ!」と集団の中で話題になっていた。
いったいどんな日になるのだろうと、内心ビクビクしていたけど、実際、レース当日の朝起きると、ホテルの窓から昨日まで真っすぐ立っていた木が斜めになっていて、目をこすって目の錯覚じゃなく「嵐」と確認して、「この中でのレースを走るのか...まぁレースが始まってしまえば。」という軽い気持ちでホテルを出発した。

スタート地点は、監督のディルク・デモルの生まれ故郷であるクルーネ。

レース会場に到着すると、ディルクの兄弟の家をベースに作戦会議とレースの準備をして出発。

レース序盤は寒くてレインジャケットを着て走っていたんだけど、風が強くて煽られる始末。

途中、電車の踏切で集団は、強制的にストップして、そこから急いでレインジャケットを脱いで戦闘モードになってレースを開始した。

悪天候の中、逃げようと集団はいつまでも活発に動き、自分もその中で積極的にアタックかけて動いて、集団の前方を位置して走った。

途中あまりのすごい強風で、選手たちの何人かは道路の真ん中の中央分離帯のブロックを飛び越えて反対側の車線まで吹っ飛ばされていたりと想像を絶する出来事がいろんなところで起こっていた。

そして、すでにこの時点でうちのチームは3人だけしか先頭集団に残っておらず、セバ、グレッグと自分の3人だけでのレースとなっていた。

なかなか逃げも決まらず、大雨の中をビショビショのウエアで走り続けていたら身体がだんだん冷えてきて、レインジャケットを着ようともなかなか風が強すぎて着ることができない。

やっとレインジャケットを着れるタイミングの場所を見つけて着て走りはじめたけど、身体の震えが止まらず、3度くらい気を失いそうになって、他の選手たちと共に20人単位でレースを途中で棄権して降りた。

レースの選手の回収バスに乗ると、そこはまるでパーティー会場みたいになっていて選手たちが、みんなで寒さを紛らわすためにわいわいやっていた。

ロバート・ハンターやニコ・エークアウトらの隣の席で、顎をガクガクさせながら「どんな系統のレースよこれ!?」というと二人とも爆笑して、さらに「なんでレース中、みんなナーバスなのにバスの中はこんな仲良しなんだよ!」とみんなで大笑いしてレース会場に戻った。


しかし、残念なことにまともにレースを出来る環境じゃなかったにしろ、大切なレースをひとつ削ってしまったことには変わりはない。

26人完走というハードなレースになったけど、今度は自分がこんなタフなレースを生き残れるように走りたいと強く思った。

まぁでも、チーム監督のディルクと自分の監督コーチのガロパンが、レース後に今回の2レースは良いレースだったと評価してくれたので、今度のスリーデイズ ウエスト フランドルで良い走りをしてチームにもっとアピールしたい。

約束

ご無沙汰しています。

スペインでのトレーニングキャンプを終えて、フランスに戻って、ボジョレーの丘でクラシックに向けて黙々とトレーニングをしていました。

あいにく天気は先週、今週とあまり良くはなかったけど、しっかりメニューをこなして今週末のレースに臨みます。

今週末のレースはニュースブラット(前身ヘットヴォルク)とクルーネ-ブリュッセル-クルーネという伝統的なクラシックレースで、北のクラシックスの開幕を迎える。


自分にとっても今期レディオシャックでの初レースになる。


ようやくレディオシャックのジャージに袖を通してレースを走る日がやってきた。

この日を僕はある人と約束していたんだ。

その方は、病と闘っていて辛く、厳しい容体だった。

しかし、そんな状況なのにも関わらず、彼は僕に元気と勇気を分けてくれた。

その時、僕は心に決めたんだ。

「2010年僕はレディオシャックのユニフォームを着て活躍するんだ。」と

「だからその日が来るまで待っていてください。約束ですよ。」と

そして約束の日はもうすぐやってくる。


しかし、この約束を果たすことは出来なくなってしまった。

でも、僕は、あなたに勇気や元気をいただいたからには走り続ける義務がある。


僕に出来ることは、熱い声援や元気や勇気、そんな信じてもらえる気持ちを走りで返すこと。

僕はその気持ちを受け取れば、それに応えられるように走ることが出来るから。


それが、僕に与えられた力だと思うから。

昔も今も、きっとこの先もずっとだ。


そして、この日を待ち望んでくれた多くの皆さんにもお礼を言いたい。


ありがとう。


これからどんな未来が待ち受けているのかわからない。

その未来を良くも悪くも変えていくのは自分自身だと思ってる。

でも、その未来に意味がある限り、前に進み続けます。

たまに脱線することがあるかもしれないけど、そんな時は、いい時も悪い時も、気軽にメッセージをください。

距離は離れていても、気持ちは、距離関係なく伝わるものですから。

そう思うと意外に僕らは小さい世界で生きているのかも知れませんね。


いよいよです。


今シーズンも応援よろしくお願いします。

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Team Radio Shack 2010

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皆さんこんにちは

2010年はチームレディオシャックで走ります!

ツールドフランスを9回の優勝に導いたヨハン・ブリュイネール監督率いるチームで、その中でも去年復活した伝説の自転車選手とも言えるツールドフランスを前人未到の7連覇したランス・アームストロング選手が所属するUCIプロツアーのチームです。

他にも数多くの強豪選手たちがいる世界的なチームです。

チームの母体は以前所属していたディスカバリーチャンネルと変わらず、スタッフやメカニック、マッサー、ドクターはほとんどが知り合いで、チームに戻ったことを喜んで温かく出迎えてくれたりして、ストレスなく楽しく走れそうです。


さて、今はどこにいるかというとスペインのカルペ(アリカンテ)という場所でチームトレーニングキャンプ中です。

今日は、新しい自転車や新しいウェアを身にまとい4時間のライドを楽しんだ。

本当に楽しい仲間たちなので、話が絶えず話疲れてしまった。

今はシャワーを浴びて、マッサージを受けて部屋でゆっくり休んでいる。

合宿は今月の14日まであるので有意義にコンディションをあげていこうと思ってる。

身体の調子は思っていたほど、悪くないのでこのまま登り調子で仕上げていきたい。

合宿の詳しい様子はチームのオフィシャルウェブサイトや僕の合宿中つぶやいてるTwitterを見てみてください。

Bonne annee 2010 !

2010年になりました。

新年あけましておめでとうございます。

あっという間に2009年が終わり2010年という新しい年がはじまりました!

今年は更なる飛躍が出来るように努力したいと思っています。

さて1月1日の今日から一年間。

誰にも想像できないような、何が起こるかわからないアドベンチャーです。

自転車と同じように山あり谷あり、まるでローラーコースターライドのようですが、思いっきりそのギャップを楽しんじゃいましょう。

それでは、皆さんにとって素晴らしい一年になってくれることを心から願っています。

Fumy Beppu

Twitter(ツイッター)

久し振りの更新です。

最近はTwitter(ツイッター)で自分の身の回りのこと事件や写真を沢山UPしています。

http://twitter.com/Fumybeppu

設定も簡単に出来て気軽に情報をみることが出来るので、気軽に登録してみてください。

「みんなで」「楽しく」「安全に」をもっとーに自転車ライフを楽しみましょう!

merci

Fumy

Paris - Tours

今、トゥールからTGVに乗って帰宅しているところだ。
夜道をかっ飛ばして走るフランスの新幹線TGV。

さすがにちょっと疲れているけど、今日で2009のシーズンが終了したから、ちょっと気分が晴れ晴れしてる感じかな。

2週間もすればまたレースに出たいって思うかもしれないけど、今はトレーニングの量を徐々に減らして、また来シーズンに備えて、準備していこうと思ってる。
今年のシーズンを通してみても、このブログみてくれてるみんなと一緒に楽しめてたかなと思ってる。
まぁ色々と課題はまだ残っているけど、来年はイケてる年になると思うよ。

さてさて、今日のレースはと言うと、結果は良くなかったけど、調子も良くって序盤にアタックを繰り返して、途中の横風区間もほぼ先頭で通過して、終盤も良い位置で走れてたし、チームワーク良くしっかり走れてたと思う。
でも、今日もマシントラブルで自転車を交換しなきゃいけないハプニングが224km走ってきて最後の6kmで起きてしまって、最終局面を先頭で走ることが出来なかった。
先頭集団だっただけに、ちょっとシラけちゃった。
前のプロツアーレースのヴァッテンフォールも最後の最後でパンクしちゃって...同じ感じのやるせなさだったしね。
ワンデーレースで、今年はまともな成績は残せなかったけど、それ以上に収穫はあったと思う。

日本に帰国してからイベントがてんこ盛りなんですけど、いつも応援して下さってる皆さんに全員会うことは出来ないかも知れないけど、今回の帰国の際にお会い出来ることを楽しみにしてますね!

そして、「気持ちは伝わる。」と言うのを改めて思った今シーズンでした。

沢山の気持ちをありがとう!

そして来年も情熱的にみんなの胸を打つ走りが出来るように。

世界選手権ロード@スイス

遅くなりましたが、世界選手権のレポートです。

今年の開催場所はスイスのメンドリシオ。2007年ジロ・デ・ロンバルディアに出場したときに、スタート地点だった街だ。

僕ら日本チームはルガノとイタリアのバレーゼの間にある小高い山の上のホテルに滞在して最終調整を行った。

レース前は、特に乗り込みはせずに、インターバルや身体の動きがよくなるようなトレーニングを行った。

レース前日にも書いたように、今回の世界選手権は自分向きではなかった。

なぜならば急な坂が多く、レース全体で総標高差4500mとなっているヒルクライムレースだったからだ。

僕はどちらかというと、平坦やアップダウンのあるレースが得意なのだけど、今回のようなコースは苦手だ。

でも、今回の世界選手権は、自分を乗り越えるための大きな目標でもあった。この過酷な場所で、最後まで勝負に絡む走りを続けることができるか。

レース前から「今日は我慢の連続になると思うから、行きたい気持ちを抑えて耐えよう。」と思っていた。

レースが始まって一周目から幸也が、アタックを繰り返していた。すかさず集団の前に出て行って、逃げ集団とのタイム差が広がるように集団をコントロールした。

30秒からなかなか差がつかない状況だったけど、1、2分のタイム差がつけば、後ろもわざわざ追うようなことがなくなるから、自分が集団の前に出て行って、周りの選手たちに「もう彼らを行かせようよ。」という話をした。集団のペースは一気にペースダウンして、2分、3分のタイム差がつきはじめた。僕も後ろに下がった。

逃げ集団とのタイム差は、5分、10分と広がっていって、メイン集団の動きは収まった。

集団は常に「どこのチームが主導権を握るのだろう?」とそわそわしていたが、イタリアのブルセギンとスペインのコーボが引き始め、集団をコントロールし始めた。

自分も逃げ集団とのタイム差が縮まり始めたので、カウンターに備え、いつでも動けるように前方で待機した。

途中、補給は怠らないように気をつけた。何度もボトルを取っては捨て、取っては捨てを繰り返した。今回のナショナルチームは連携がしっかり取れていて、ボトルも補給もしっかりできた。

ロードレースにおいて、補給や集団での位置取りは常に頭の中に入れておかなければいけない、とても大切なことだ。

そしてペースも徐々にあがり始めて、ラスト2周目の登りでは、前から7番目くらいのところで登り始めた。ここからペースが急激に上がった。

順位を落としながらも必死になって喰らいついたけど、そこでギヤが踏み切れずに取り残されてしまった。

それからゴールを目指して走り、先頭から5分位くらい遅れた57位でフィニッシュした。

自分的には、今回の世界選手権はもっと上位でフィニッシュしたかったけど、ただでさえタフなコースで、そこでさらに上を目指すのは難しかった。

でも、今回の世界選で得た経験は、来年の世界選でもっと上位を目指して、勝負出来るっていう意味を持っていたと実感できた。

来年はもっと出来る。

今回の悔しい気持ちを来年晴らしたいと強く思った。

あすへの扉

明日、世界選手権に出場する。

調整は、チームトレーナーと一緒にコンディションを整えてしっかり出来たと思う。

気持ちも身体も明日に向けて準備は万端だ。

例年にないハードなコースだけど、最後まで勝負を捨てずに、Show myselfで自分に負けないように走りたい。

明日の扉は、どうしてでも開きたい扉。

その扉が重いのか?軽いのか?鍵がかかっているか?まだ走ってみなきゃわからないけど、こじ開けてみせる。


力の出る限り頑張りますので、応援よろしくお願いします。

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シマノ鈴鹿ロード

8月29日、30日に開催された鈴鹿ロードレースに参加するために帰国した。日本に帰るのは、ツール・ド・フランス後初めてで、9ヶ月振り。母国に帰るので少しのんびり出来るものかと思っていたけど、滞在実質2日の強行スケジュールだった。

まぁまだシーズンも終わったわけでもないし、ヨーロッパでやることが残っているので、贅沢言ってられないか。

このイベントは僕にとって特別な思い入れがある。なぜなら、僕が初めて出場したロードレースだから。

はじめて出場したのは92年の小学生3年生のとき。「ロードレースに出たい」という思いはあれど、小学生のカテゴリーがあるレースイベントはほとんどなかった。

でも、このシマノ鈴鹿ロードレースだけは小学生クラスが設置されていて、低学年でも出場できた。規模も大きいので、当時から日本におけるロードレースの祭典みたいなイメージがあった。

場所もF1で有名な鈴鹿サーキットで、子供心にF1と同じサーキットを走ることができるという喜びもあった。それに、沢山の観客に見守られながら走れるというのは、テンションがあがった!

当時の小学生クラスは一年生から六年生までが同じレースを走っていた。小学生というと低学年と高学年では身体の大きさが全然違うし、自転車の大きさ(とくに車輪が)も違う。高学年にもなると大人と同じような700cの車輪を使っている。でも僕は子供用の20インチのロードバイクを必死に漕いだ。小さな自転車で一生懸命コギコギしたけど、まったく歯が立たず惨敗したのよく覚えてる。甘酸っぱい初めてのロードレースだった。

この大会には全国からちびっ子が集まってくるので、ちびっ子の全国大会みたいな感じだった。一年間、このレースのために練習してくるような大会だったし、勝てば名前が売れるステータスのあるレースだった。小学3年生のときの悔しい思いをしたけど、その甲斐あってか3年後には優勝することができた。

このレースは綺麗に舗装された道を自転車で走ることが出来るし、初めて自転車レースを経験するにもいいし、何より家族や友達、仲間と一緒に楽しめるってところが素晴らしいと思う。

レースに参加する人も、走っている時以外は観客となって「がんばれー!」って、みんなで励ましあえるって言うのもいいと思う。

自分はこうしたイベントをきっかけとして、レースをするようになり、今年念願のツールドフランスに出ることができた。だから、もしかしたら今回のシマノ鈴鹿をきっかけに自転車を始めてヨーロッパプロになる選手が出てくるかもしれない。

今回はレース以外にも、できる限りのメディア対応とファンとの交流をしたかった。サーキットの照り返しと日本の猛暑と時差ボケがきつかったけど、会場に来てくれた沢山のファンのお陰でその疲れも吹き飛んだ。

レースでは日本のロードレースファンのみんなにヨーロッパでのレース運びやチームでの動き、これぞロードレースだ!っていうのを十二分に楽しんでもらえたんじゃないかと思う。

次は2年振りの世界選手権。日本の代表としてがんばります。
そして、皆さんの応援が力となっているので、これからも応援よろしくお願いします!

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ツールを終えてからの日々

ツール・ド・フランスを終えてからもう3週間が経った。

今思うとツールもあっという間に終わって「何だったんだろう」って感じ。

ツールが終わってから3日後に行われたルクセンブルグのツールの凱旋クリテリウムに招待選手として参加してきた。

ここでも本当に多くの観客に祝ってもらって、アンディ・シュレック(ルクセンブルグのスター選手)の次に声援が多かったくらいで周りを走っていた招待選手たちも驚いてた。。。

今回、初めてルクセンブルグのレースを走ったけど、観客の雰囲気も良く、プロクリテリウムの独特の雰囲気を楽しめた。

日本でもこれくらいの規模のShowレースが出来たら自転車レースをゆっくり見てもらえるんじゃないのかなぁっと思いながら60周の小さな周回を観客の声援に応えてニコニコしながら走ってきました。

ルクセンブルグからフランスの家に帰ると、僕の住んでいるところの市役所から感謝状が届けられていた。

内容は、「今回のツールで素晴らしい走りをしてくれてありがとう。時間のある時に市をあげて表彰がしたいのでぜひ参加を...」とのことだった。

実はアンシーのタイムトライアルの日にも家の周りの人が応援に駆けつけていたみたいで、大家さんや近所の知らない人から声をかけてもらった。。

来てるんだったら言ってくれればいいのに...。

そして、スタート前にも僕が住んでいる所から来た!とわざわざ声をかけてくれる人も..。


レースが終わった今、思うと本当に沢山の人から力をもらっていたんだなぁっと実感する。


「しっかし!なんでみんな知っているんだろう...。」と疑問に思っていたら、なんでも地元の新聞に大きく記事が載っていたみたい。


ツールの時は、本当に多くの記者と時間があれば話していたので、そのおかげで沢山の人から声をかけられるようになったんだと思う。

そして、2週目に入って本格的にトレーニングを再開したんだけど、これが大変で全然距離が走れない。

ゆっくり走ることが出来なくて距離が稼げず、短い時間しか乗れなかった。

これがツールを走り終えた代償か..と思った。

でも、トレーナーからもらったメニューはしっかりこなせることが出来てSRMのワットもツールのスタート前以上の負荷がかけられて、身体の状態はいい。

だから、ゆっくり走れないけどスピードとパワーは出る...。

摩訶不思議な身体の状態で驚いたけど、多くの選手がツール後に数多くのクリテリウムに出る理由が、なんとなくわかった気がした。

そして今は、身も心もしっかり休めてコンディションも良くて、トレーナーからもGoサインが出るくらい調子があがってきた。

今度の日曜日、ドイツはハンブルグであるヴァッテンフォール・サイクラシック(Protour)に出場します。

このレースは相性が良くて、去年は16位でフィニッシュしているので、その順位を上回れるように積極的に走りたいと思う。

これからシーズン後半にかけてレース数はあまり多くはないけれど、1つ1つしっかり走りたいと思っています。

そして8月29日と30日とシマノ鈴鹿ロードレースに参加する予定です。

たった4日間だけの日本滞在ですが、皆さんと会場でお会い出来ることを今から楽しみにしています。

まずは日曜日のレースで頑張ります!

これからも応援よろしくお願いします。

Fumy

追伸:最近Twitterっていうツールを使って近況を書いているので、ブログの更新がない時はそっちをご覧になってみてください。
ブログよりこまめにアップしています。
http://twitter.com/Fumybeppu

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