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Gent-Wevelgem 2006

2度目の出場となるGent-Wevelgem。2006年に出場したレポートを掲載。

2006年4月7日 Gent-Wevelgem(UCI ProTour)210km

レース当日はとってもいい天気だった。 先週レース(E3 HARELBEKE)の落車の傷もだいぶよくなった。マルセイユに戻ってからは練習を積んだので結構調子がよかった。

レースは平坦基調で終盤石畳の登りを2周回する感じのレース。
レースがスタートしてから最初の逃げを作るために激しく動いたがなかなか決まらなくそのままレースが進んだ。

途中ブルージュ近くの北の海に出たときに、レースがはじまり一列棒状になった。
でも、そんなにきつくなくて先頭で集団のスピードをみんなで上げた 。

実はこの状態だと先頭で走ったほうが楽!
いつの間にか、集団が真っ二つになる。ただ、これは作戦。

そして、しばらくチームの無線通り動いて、ジョージのために先頭を引いた。
石畳の登りの前の位置取り争いで、激しく争ってうまく先頭でコーナーを回ってジョージは先頭で通過できた。

僕も前の方で登れた。
そして、危ないって言われてた石畳の下りも何もなく通過できた。

もう一回同じ周回に入ったときに5人の選手が前を先行したために監督のディレクが追えとのゴーサイン!を無線でだした。

この時少し後ろにいて一列のところを頑張って走って前に上がって先頭に立った。
ホワイティと自分とステインで先頭を走って前を追った。

そして、二度目の石畳前もジョージをサポートできて、自分も前の方でコーナーを曲がれたけど、登りでスルスル落ちていって、石畳の所でもスルスル落ちていった。。

そこで登っている最中、集中はしてたけど、やけに色んな声が聞こえてきた。
ベルギーの人やいろんな人が僕に向かって声をかけてくれていた。
その数がとんでもない数だった!

地元では「ボーネン!」「ニコ!(マッタン)」とかの応援はよく聞くけど、こんなにも自分にも声をかけてくれるなんてと聞きながら、一歩一歩石畳ののぼりを登り切った。
その後ろで、ホワイティも辛そうに登っていたので背中を押してあげた。

そして、石畳のくだりを下って平坦の立ち上がりのところで遅れてしまって、後ろからきた集団にも置いていかれてしまった。
詰めが甘かった。

すごい余裕で走っていたら、一気に離れてしまった。
でも、足にはまだ余裕があったから一人で追っていた。

残り25kmのところで、突然バイクのおじさんが近づいてきてこっちを向く。
「何?」ってそっちを向いたらバイクの人が手を出した。

自分は「止まって!」の合図かと思って止まったら「えーっとボトルくれるかな?」だって!!

「はぁなんだよそれ!」まだ追いついたかも知れなかったのに。。
気分が一気に冷めて鳥肌がたった。。

それにゴールまでそんな長くなかったから走りたかった。。
それで気分悪いままレースを終えてしまった。

ゴール後、憂鬱だったけどホテルに帰ったら色んな人が声をかけてくれた。

リクイガスの中野さんも「頑張ってたね!」って声をかけてくれたし、チームの監督、メカ、マッサーが「GOOD JOB!」って言ってくれた。
ジョージもありがとう!って言ってくれたし、ちょっと嬉しかった!
でも、完走くらいできたレースだから自分的にはちょっと情けなかったかな...。

まぁこれをバネにしてまた次に頑張ろうと思う。

パリ〜ルーベ出場記念 vol.2 パリ〜ルーベ・エスポワール2003、2004

■パリ〜ルーベ・エスポワール2003
フランス2年目、2度目の出場。

2003年6月1日

どうもこんにちは、昨日レースから帰ってきたのですがあまりの道の悪さに腕がまだ
ガタガタして動いて握力がなくなって足よりも上半身にすごい疲れを感じています。

まずこのレースの説明をするべく去年の話も交えて書きたいと思います。このレースは、パリ〜ルーべといってこっちではとっても有名なレースです。コースの途中には昔ながらのヨーロッパを思わせるパヴェ(石畳)がいくつも存在します21セクション計40km。しかしながらこの石畳は、おしゃれな感じの石畳ではなく。とっても凸凹していてとても普通の自転車で通るような道ではありません。車でもあまりの凹凹さに参ってしまうくらいです。こんなコースでやるから、「北の地獄!」なんて呼ばれているレースなんです。

僕がでたパリ〜ルーべ・エスポワール(23歳未満のアマチュア対象)は、いくらアマチュアと言ってももう来年プロになるような選手が山ほど出場します。誰しもこのレースを目指して勝ちにきてるわけですから、とっても大変なレースなのです。

それで去年、僕は、2度のパンクと同じチーム選手のために仕事をして走りましたが、怪我もせず無事に28位で完走。なんと19歳で最高位でのゴールでした。そのため今年はトラブルに見まわれないで走れれば結構良いところまで行くと監督に言われていました。それにこの日のために調整して万全な体調でのぞんだので、普段よりも高い集中力を持っていました。

何よりも楽しかった……。

さて今回のコースは180km。ド平坦。途中21回パヴェあり。石畳区間は計40km。出走
者260人。天候は晴天。おもな参加チームは、ヴェロテックス(ITA)、ビックマット(FRA)、バンデーU(FRA)ゴーパス・ロット・ドモ(BEL)、ラボバンク・エスポワール(NED)クイックステップ・エスポワール(BEL)、アメリカナショナルチーム(USA)、オランダナショナルチーム(NED)、ドイツナショナルチーム(GER)、パノリモ(FRA)、シャトールー(FRA)他たくさん強豪のチームが参加。

前日の天気予報を聞いて、雨が振るんではないかと心配していたチーム一同。しかし幸運にも雨は振らなかった。もし振っていたらみんな石畳の区間で石畳から滑り落ちて落車していたことだろう……。「石畳ですべり落ちる!?」って思うかもしれませんが、本当に滑ったら端の溝におっこちるんです。普通の石畳じゃないんです……。

レーススタート! 260人もの多人数!道幅いっぱいに選手たち!これじゃぁどうにもこうにもなりゃしません。しかし、まだ先が長く何が起こるか分からないのがロードレース。70kmくらいまで集団は落ち着いて走っていたが最初のパヴェ(石畳)のセクションに近づくにつれてドンドンペースアップしていく。

やはり最初にかけ抜けた方が安全だからだ! なんといっても怖いのが前の選手が落車してしまって、それに突っ込んで自分まで落車してしまうのが一番きつい。だからそういうことは、みんなどうしても避けたいのだ。それではじめのパヴェにさしかかったところからレースは始まった!

はじめのセクションは30番くらいでクリアした。後ろのほうで騒ぎ声が聞こえる。多分落車やパンクをしたんだろう選手たちが叫んでいるのであろう! そんなことを気にしてる場合ではなく、自分も集中していないといつ自分にもこう言うことが起こるか分からない。

2〜3セクション終了時点で集団は半分以下になっていた。その後のセクションの入り口に入ったとき、ちょうど目の前で大きな落車が起こった! そこで僕は自転車を担ぎスルスルと抜けて、そのトラブルを回避した。

するとどうだ! もう後ろの集団が半分以下に。僕は後ろのことなどおかまいなしに石畳を全力で通過。先頭12人の中には僕を含む有力な選手たちがたくさんいた。僕はそこの集団にいてもアタックをしつづけた。この無意味に思われるアタックもここのパリ〜ルーべでは通用する。「前に前に前に行かなきゃ!」がとっても大切で、去年みたいに落ち着いて相手の様子を伺いながら走ってはいけないんだ!と言い聞かせて、今年はガンガン攻めていった。

しばらくアタックが決まらず走っていると補給地点にさしかかった……。しかしどんなに探してみてもうちのチームの補給だけがない。これは困った。今日はとても暑かった。あとから聞いた情報によると35度を超えていたらしい。もうボトル(水筒)の水も空っぽの状態……。「いったいどうしていないの?」なんて悔やんでたけれど、先にいることを信じて補給地点でもアタックして5人くらいの逃げをつくった。しかし、後ろもそう簡単に許してくれなかった。

そして去年走って見を覚えのある道に出てきて、「あっ! 次パヴェじゃん!」なんとしても前方で通過しなきゃいけないと思い前にでていった! そしたらちょうどパヴェの目の前でうちのチームが補給してるじゃありませんか!? 「なんでここなんだよ」って怒鳴りたかったけど、大切な水に変えられないと思いありがたくサコッシュ(手さげ袋)の中のボトルと補給食を背中に入れた。ってことをやっていたらそこでとっても重要なアタックが決まってしまった! パヴェで頑張っておっても前がつかえて追えない状況に……。

なんてことだ! こんな大事なところで逃げを許してしまうなんて……。7人の逃げが決まってしまい、それを見送ることしか出来なくてなんて虚しいことやら。でもまだレースはここで終わったわけではない! まだ前の集団が見えている。これから追いつくかもしれない。そう信じて少し様子を見てみることにした。

しかし一緒の集団にいるラボバンク、クイックステップ、ゴーパスの選手が全然引こうとしない。僕は無謀にも前に追いつこうとして前を追った! 頑張った。しかしだいぶ疲れてきて、。身体がだんだん言うことをきかなくなってきてしまった。次のパヴェでは遂に遅れてしまった。「ゴール間近なのに……」「あれについて行ければ一ケタ台の順位でゴールできるのに……」。無念。そこで集団からちぎれてしまった3人で一生懸命最後のパヴェを走っていると、後ろからバンデーUのZEN JEANが猛スピードでやってきて、勢いよく抜いていった! あらら……。

もう前が見えなくなってしまった。スピードが緩んでいて、そこから彼を追い上げるには少し力不足でした……。しかしこのままじゃ終われないと思い一生懸命に走ったが、一緒にいた2人の選手がローテーションに加わってくれない。デンマークのチームのやつとフランスのルーべの選手が全然走れない。ここはひとりで行くべきだと思い、一生懸命走るがなかなかチギルことができずに、そのままゴールのルーべまで来てしまった。

きれいな大通りを走ってそこからペロドローム(自転車競技場のトラック)に向かう!そこを1周してからゴールなので、相手を牽制しながら、鐘が鳴りラスト一周! 最後に自分からしかけてゴールに突っ込んだがルーべの選手にちょびっとさされて負けてしまった。結局14位(※)でゴール。悪くない成績だった!

確かにもうひとふんばり足りなかったけど、みんな僕のことを評価してくれた。本音をいうともう少しいけると思ったんですけど、今の僕にはこれが精一杯なのかなって……。それでリザルト(順位表)を見るとトップから1分30秒遅れ! 「うわっ!大して差がない!」って少し興奮した! それで途中、僕らを抜いていったバンデーUのZEN JEANは7位!でゴールしていた。

なんてこった...。まったく。しかし、こんな有名な選手、有名なチームと互角に走れてるわけだ! そう思うと嬉しくなった! はじめのほうでレース中、楽しくなって笑って走っていたのは僕だけなんじゃないかな……。本当に楽しく走れた!。

僕はいままで日本人の考えの枠を越えるように意識していました。普通だったらこっちの低いレベルで勝ったら日本では評価される。しかし、こっちでは違う。フランス人の考えと日本人の考え方は違うんです。しかし、このレースを終えて帰りの車の中で元プロの選手だったアレン監督は「フミは来年勝てるかもしれないぞ! まだ20歳だろ! あと二年もあるんだ!」なんて言ってくれた! つまり日本人とかそういう枠を超えて選手としてこっちで通用することを認めた証拠でしょう! 僕はこれを待っていたんです。こうやって頑張ったらこっちでは評価されるんです。

だからとってもココロに残った楽しかったレースでした。今年はパンクもしなかったし、トラブルが起こらなかったからとっても助かった。それでうちのチームメイトは僕以外は全員リタイア。260人近くの選手が走って完走はたったの40人。激しいレースなのが分かります。

またこれを気に気持ちを入れ替えてこれからも頑張って行きたいと思います!!

※優勝した選手は後日ドーピングテストで陽性反応が出て失格処分になり、フミの最終成績は13位となりました。

パリ〜ルーベ・エスポワール2003 リザルト(cyclingnews.com)


■パリ〜ルーベ・エスポワール2004
フランス3年目シーズン、アマチュア最後の年となった。

2004年5月30日

自分にとっての大一番のパリ〜ルーべ。
距離176km。出走230人。天気は大雨。

結果は最初のパヴェ(石畳)に入る前に自転車のチェーンが切れて、その後自転車を交換して追い上げるも、チェーンの切れた場所が悪く、最初のパヴェの区間で立ち往生となってしまった。なぜならば道幅が狭い上に、落車する選手やパンクする選手、そして多くサポートカーが入り交じっていたからだ。さらに諦めずに1人で必死に追い上げたが追いつかなかった。

悔しくて悔しくてたまらなかった。
調子は悪くなくこの日にすべてをかけていたのだから……。
そして監督からの指示で降りるように言われた。
翌日にもフランス国内の大きな大会が控えていたからだ。

レース後、ゴールする選手たちがパラパラ帰ってきた。
1人、2人……。

こうしてみると去年13位だったのはかなり良かったと思った。

しかもそのときのトップの1分30秒差なんてホンの少しの差だったのだ。

自分には力もチャンスもあるのだから、それを気持ちを変えてこれからまた走ろうと思った。

パリ〜ルーベ出場記念 vol.1 パリ〜ルーベ・エスポワール2002

パリ〜ルーベ出場記念特別企画としまして、フミがかつて参加したパリ〜ルーベ・エスポワールのレポート(当時書いたもの)を掲載します。一回目は2002年度。フミが高校卒業をしてヨーロッパに渡った1年目。

※パリ〜ルーベ・エスポワールは毎年5月末ごろに開催されるU23カテゴリー(19歳以上〜23歳未満)のアマチュアレース。U23ワールドカップ対象のインターナショナルレースで、各国の強豪チームが参加。ヤロスラフ・ポポヴィッチ(01年優勝)、トム・ボーネン(00年3位、01年4位)といった現在世界のトップで活躍する選手もかつて参加、活躍している。

2002年6月2日

はいはい、きました!
パリ〜ルーべ・エスポワ—ル!

パリ〜ルーべは自転車やってる人はわかるかもしれないですが、あのパリ〜ルーべです。
それにでましたよ! すごかった! 楽しかった! 辛かった! 感動した! 悔しかった!

まずはじめにパヴェという石畳なんですが、これがヨーロッパにありそうなお洒落なものでは、まったくなくて、極端に言えば「凸」こんな感じで、平らには整っていない。「デコボコ」という表現だと優しすぎるから、あえて言うなら「ドカッドカガチンガチン!」

とにかくすごい! マウンテンバイクなら、難なくいけると思うけど、これはロードレース。あの細い感じの奴で走るんです。

自転車にはサスペンションなんてついてないから、腕も辛い。指も中指と薬指と小指がいうことをきかなくなっちゃいました。これは経験!? してみないとわからないと思います……。

まぁそれを少しでも和らげようと自転車にも、いつもと違った工夫をするんです。たとえば普段23mmのタイヤを、この時は25mmにしたり、タイヤの空気圧も普通8気圧のところを6気圧にしたり、指のダメージをなくすためにバーテープ(グリップ)を太くしたりとさまざまです。でも、実は気休めみたいなものなんです……。

しかもコースにはこんなのパヴェの区間が21セクション(1セクション800m〜4kmといった感じ)もあって、合計するとなんと40km!も……。笑うしかありませんね。(^_^;)

レースの距離は188km(アマチュアレースとしては、ほぼ最長距離)! 参加人数は200人。主な参加チームはベロテックス、ドモ・ファルムフリッツ、ラボバンク、ヴァンデンU、ルーべ、アメリカナショナルチーム、パノイモなど。豪華なメンバーで走りました!

序盤の70kmくらいまでは何もない普通の平坦です! はじめはみんな距離を消化する感じで走るんですが、70km地点からパヴェがはじまるから、55km地点からは集団の中で位置取りがはじまるんです。

パヴェ区間は道が狭く、さらに道の中央が盛り上がっているため(極端に言えばこう→△)、だいだい1人づつしか通れない。だから渋滞するし、突き出てる石でパンクしたり、山なりになっている所からすべり落ちて落車する人もいる。まっすぐ走れない選手もたくさんいる。だから前に前にいかなきゃ駄目なんです!そこでレースが決まってしまうかもしれないから!

だから、みんな前に前に行こうとする。で、ドンドンドンドンスピードが上がっていっく。そうなると今度はコーナーで曲がりきれずに家の塀に激突する人も。でも、こっちもそんなことを気にしてる余裕もない。こっちも必死だから!

第1セクションの前に、一度は前に出たのだけれど、そのあとドンドン追いやられて、第1セクションは中盤より少し前あたりでに入った。予想どうりトラブルが続出していて、それを横目に「あんなんにはなりたくないな〜」なんて思って走ってたら、道を塞ぐような落車が目の前で発生していた! 6人くらいサンドウィッチになっていた。そこを持ち前のテクニックで難なくかわし、やがて先頭集団に追いついた!

なんか他の人たちよりも楽に進んでいたんで「こりゃあ〜もしかしていけるんでは……」なんて思った。そんな矢先に「プシュー!」パンクした。

でも終わるにはまだ早かったので諦めずにパンクしたまま、4kmくらい走った。もちろんパヴェを……。何故走りつづけたかというとスペアタイアをもったサポートバイクに無視され、我がチームのラポムのチームカーは遥か後方だったから。でもなんとかホイールを交換して一旦ビリくらいになったんだけど、この日は調子が良かったのか、脚が回ったし、ギアが踏めた。

前にあった40人くらいの集団にはすぐおっついたけど、このままそこにいたらリタイア組になってしまうと思って、そこで甘えず1人でガンガンせめた! そしたら先頭集団までおっついた! これは幸運! よーしまだいけるぞ!なんて思っていたら

「プシュー!ガチンガチンガチン」
「………………………………」

この時ばかりは言葉がでなかった。絶望的だった。「なんでだよ……」泣きそうになった。しかし「ブルル〜ン」とサポートバイクの人がかけつけてくれて「まだ行ける、頑張れ!」って言ってホイールを交換してくれた。

その後は、やけになって、こいで、こいで、こいで! もうどうでもいいから前に前に!って感じだった。でも願いが通じたのか前に追いついた! もう自分に残されたチャンスは無いと思いながら走った。こんなにトラブルにも見まわれながら、こんなに運良く前に行けたなんてホント幸運でしかない。ここまできたら最後まで走りきりたかった。

追いついたときには十数人の逃げが決まってしまっていた。自分は追いつくのに必死だったから、その逃げに反応できずに集団に取り残されてしまった。というか力がなかった。あとやっぱり追い上げのときの疲れが一気に出てきて、だんだんパヴェを乗りきる力も無くなってきていた。

それでも何とか走っていたけど、結局最後のセクションで遅れてしまった。この時はもう集団ってものは存在していなくて、バラバラ状態。みんな個々に走っている形だった。フラフラになりながらもゴールを目指して頑張った! でゴールのベロドローム(自転車競技場)に入ったときには「ぐぁ〜あ!」ってこみあげるものがあった!

最後ベロドロームで鐘がなって、競技場を一周するんだけど、観客がとてもいっぱいいて「わぁ〜!」ってとっても感動的だった! 辛かったけれどこのレースを走り終えれたことは自分にとってすごく大きなものだったと思うし、自信になった。本当に本当に辛かったけど楽しかった! あの時の興奮、ワクワクできたことは忘れないと思う。最高でした! Merci パリ〜ルーべ!!

レースの結果は28位(トップから7分30秒遅れ)。ワールドカップでこの順位は満足とはいかないけど、パンク2回でこの順位は良かった。話によると19歳(参加最年少)で一番良い成績だったらしい! このレースはあと3回走るチャンスがあるので希望があるかもしれません。

それではどうも。

パリ〜ルーベ・エスポワール2002 リザルト(cyclingnews.com)

トレーニングキャンプムービー

Thanks: Mark Shimahara

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